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痴人の愛


痴人の愛


谷崎 潤一郎 / 新潮社

 
 
日本人が西洋人にいかにコンプレックスを抱いてきたか。文明開化から現在まで続くあるイメージの雛形の一つの凝縮昇華としての小説。
 
 やや大雑把にいえば、小説の焦点は以下の4点であろう。

1、都市と女性をめぐる寓話。都市に奔放に開花してゆく女の潜在的資質と開花された資質に戸惑う田舎から出てきた男の姿が血縁的旧時代の日本の因習を背景に繰り広げられている。

2、理屈を超えた美への賛美。美というものの超越的な位置づけによる倫理と生活の破綻。主人公の男は美学者であり、美に翻弄されることによって、悦楽を感じている。

3、大衆レベルのプチブル的生活者言語の豊饒
 ファッション、カメラ、映画、旅行などの都市の舞台装置としての生活言語の豊饒。

4、日本型受容の母性的男性像
 これは現在の男性の心情とそれほど変わりないようにも思える。
 
 ちなみに三島はこの小説をこう評している。

 「痴人の愛」は作品の価値は別として、谷崎氏の文学的主題が最もヴィヴィッドに無邪気にえがかれた小説であるが、主人公対ナオミの対決は、狡猾な家来が殿様あいてに、負けよう負けようと碁を打っている感じがある。
 いうまでもなく、この狡猾さに谷崎氏の作家的誠実の全貌がこもっているのであるが、要するにはじめからきめられた誠実な結論に到達するための狡知の総体が氏の作品なのである。

 また谷崎の美学については以下のようにその解剖的慧眼を発揮している。

 美は、そのもっとも高い美ももっとも低い美と同様に倫理的なものであり、美それ自体を語ることは、それがそのまま、現実の秩序を当為の秩序に改変することである。

 なぜなら美というものはあらゆる価値が絶対的なものになろうとするときの抵抗物の総称なのであり、その点で現実は美の意志の敵手となるのである。

 谷崎氏にとっては倫理的なものは美ではなくて美の生成の手続きなのであり、現実を仮構に変造するような詩人の才能に徹底的に欠けた潤一郎は、現実に対する対抗手段として、氏一流の美学を編み出す。

 以上です。
by tomozumi0032 | 2005-11-18 20:03 | 小説評論
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