カテゴリ:哲学批評評論( 15 )

日本人の美意識 (中公文庫)

ドナルド キーン / 中央公論新社



ホモセクシャルの世界史 (文春文庫)

海野 弘 / 文藝春秋



幸福は永遠に女だけのものだ (河出文庫)

澁澤龍彦 / 河出書房新社



☆更新しないで、ごめんなさい(笑)
おっす☆

えっと、まずは更新しないで、ごめんなさい(笑)、てか、いちど離れるとけっこう面倒な作業なんだよね、こういうのって。本や言葉を読み込まなきゃいけないし、相応の時間も必要だし、書かないのは、書くより自意識に悩まされて、あらたな煩悩を生まないで済むし、俗世の処世術として、「書かない」という選択肢も楽でいいんだよね。書けば、「もやもや」と雲のような煩悩が生まれて、そのわだまりに対処するのに体力いるっす。なんだか、すっかり、俗世離れした生活になれてしまって、そのことが、どうにもごめんなさい、です。それでもいつも一定数の読んでいただいているかた、あんがとね。こんな無精な「三年寝太郎」みたいなブログでもけっこう来てもらっているので、ときどきビックリです。


★「男」と「女」―「おとこ」と「おんな」
さ~て。

ひさしぶりなんで、なぁに、書こっかなぁ~☆・・・と思案にくれていますけれども、今回はゴダールんとこでもちょっと触れたような、人類、っていうか生物の永遠のテーマである「性差」について、まったく別の3つの本(でもどれもなかなか素敵な本たちですよん☆)を読みながら、ちょっとした思考と解釈の「実験」をくり広げてみたいと思います。「男」と「女」という2つの記号、いっけん、その2つ「だけ」の記号で社会は機能しているように見えますが、本当にそうなんだろうか。時代によって、性はいくつもあったのではないだろうか。合理主義の現代社会にてらし合わせて、あらわになる性だけではなくって、長い人類の歴史のなかで、人間はもうすこし境界の曖昧な、はっきりしないところにいたし、今なお意識においてはそうなのではないだろうか?おおざっぱに言うと、ずっと、そんな風な疑問があります。ひさしぶりなんで―うまくできっかなぁ~といささか不安ではありますが、まぁ適当に無理しない程度でやってみたいと思いますので、興味のある方はおつきあいどうぞ☆ちょっと難しい?いや、まぁ、わかりやすくしますったら。

☆ドナルド・キーン著「日本人の美意識」-歌舞伎の女形(おやま)はかく語りき!
まずはコロンビア大のめ~よきょ~じゅドナルド・キーン氏の著書「日本人の美意識」からの引用から始めてみたいと思います。

余談ですが、この本はとても面白い。表紙の渋さ(もっとPOPにすれば若い子が手に取るのにいいのに、と残念です)とはちがって、愉快なところがあって、ユーモラスで、なにより現代的でAPPLEのスティーブン・ジョブスのように実験的な本です。キーン氏は人類がグローバリゼーションによって、「単一栽培」をはじめる前の、つまりどこの国もみんな同じようになっちゃう前の、日本と西洋の「違い」をこの本の中でさかんに探究しているように見えます。今じゃあ、すっかりグローバル化して、ごっちゃまぜになってしまった結果「違い」を「違い」として見分けられなくなってしまった日本人に日本人の本質を突き付けているのだと思いました。それってたぶん日本人のもちあわせてきた「洗練」と「実験」の精神をとりもどす試みなんだよね。

さて、キーン氏は本書のなかの「日本演劇における写実性と非現実性」の章のなかで、17世紀の伝統的な歌舞伎の女形、芳沢あやめ(1673-1729)の言葉をひいて、以下のように述べています。いいですか、女形の言葉ということに注意してくださいね。つまり、男性が女性を演じる歌舞伎役者のことですよ。

はい、そんぢゃあ、HEREWEGO~☆

「(女性の)女優が舞台に登場しても、理想的女性美を表現することは出来ないだろう。というのは、彼女はせいぜい自分の肉体的特徴を活用するだけで、したがってもっと総合的な理想を表現することは出来ないからだ。理想の女性は、男の役者によってのみ表現しうるのだ」芳沢あやめ(P116)

いま聞くと、ちょっと男性中心主義的だともいえるような言葉ですが、こののちキーン氏はこんな風に続けています。

「女優が女を演じる時、厳密に言うと、男が女の役を演じるよりは、より女らしくなれるかもしれない。しかし、子供の時から、女の動作を精密うに研究してきた男の俳優ほどは見事に、女性の本質的な資質を伝達することは出来ないのである。偉大な女形が演技するのを見ていると、彼の身振り一つ一つの中に、殆ど薄気味悪いほどに細かい気くばりが、行き届いているのがわかる。」(P116)

「女性上位時代」といわれる現代を生きるわたしたちは、こう言われると、この逆はどうなのか―が気になりますが(笑)、それはさておき、キーン氏はさらに歌舞伎の女形は女性として美しい男性ではなくて醜い男性がいいという面白い指摘を続けます。見てみましょう。

「現存する最もすぐれた二人の女形は女性としてひどく醜いだけではなく、その声は、彼らが演じている悲しげな若い娘の声というよりは、むしろあの耳触りな孔雀の鳴き声を想い出させるのだ。自分が本物の女だと観衆に信じ込ませようと試みる女形があるとすれば、その役者は、まだまだ出来ていない役者だと言わざるを得ない。女形の理想が、ある特定の女性というよりは、女性というものの、いわば抽出されたエッセンスである以上、すぐれた女形は自分が観察した女性の仕草その他をいちいち真似る愚は犯さない。彼は過去の女形演技の伝統、あるいは型に、まるで当たり前のようにただ従うだけなのである。」(P117)

これはビックリしてしまうような指摘です。

つまり、歌舞伎の世界においては女らしさやその反対の男らしさは型として、踏襲され、劇としてエッセンシャルに表現され、そして、それがこそ現実の女性以上に女性らしいと言っているのです。

歌舞伎の女形は、わたしたち人間にとって、「女性らしさ」や「女らしさ」、反対に「男性らしさ」や「男らしさ」という概念は抽象的なものであって、その性そのものにそなわっているわけではないという複雑なパラドクスを教えてくれます。


☆海野宏著「ホモセクシャルの歴史」―ネイティブ・アメリカンの第三のジェンダー「二つの魂」をもつもの
キーン氏の指摘どおり、性にはパラドクスがあります。
そういったパラドクスのひとつに同性愛があげられます。海野宏氏はこの大著「ホモセクシャルの歴史」のなかで「ホモセクシャル」の身体的関係はもとより同性間での友情やその延長線上である心や精神の交流、寵愛や慈愛、鳩山由紀夫的(?)「友愛」にもまた愛情の関係を見出しています。社会一般の見地から、身体の関係だけをとりだして、「愛」や「ホモセクシャル」とよぶのは、ちょっと下品でプラグマチックすぎると思います(笑)もっとも身体の関係はわかりやすいだけに、イエスノ―でせまられるという現実があることは確かでしょうが。でも、意識レベルで性を分解してみると、男性の中に女性の面影を、女性の中に男性の面影を見ることはそれほど少ないことじゃあないと個人的には感じます。男だって女らしい部分があるし、女だって男らしい部分がある。それらは光の世界に表立たない影として、その性に付き纏っているかのようです。

さて、本著「ホモセクシャルの歴史」はたしかに歴史の表舞台の欧米人に偏りがあって、ちょっと世界史というわけじゃあないところがあるとは思いますが、広く長い射程のなかで、ギリシアの少年愛、古代ローマの哲学的エロスからダビンチのルネッサンス、パリファッションのさきがけアンリ三世や女嫌いなルイ13世の近世、オスカーワイルドや白人中心帝国主義者セシルローズといった19世紀のイギリス周辺事情、黄過論のヴィルヘルム2世(有色人種の日本人からして見ればローズにせよ、ヴィルヘルムにせよ「やな奴ら」ですね(笑))統治下のゲルマン、ジャンコクトーやニジンスキーで有名な20世紀フランスの華麗なるゲイコネクション、さらには「太陽の子」といわれるオックスフォード、ケンブリッジといったエリートのホモセクシャル秘密結社的コミュニティ、ヴィスコンティのナチス、ハックスレ―とイシャウッド、あるいは二ールキャサディ、ギンズバーグ、バロウズといったビートニクスのアメリカ西海岸、「マイフェアレディ」のジョージ・キューカーや二枚目俳優ケリーグラントのハリウッド、そしてグリニッジヴィレッジとハーレムの狂騒に至るまで華麗で目もくらむばかりの豪華さで描かれています。ホモセクシャルの知的で華やかな狂騒の歴史、もうひとつのファニーでクレイジーな交流史、第3の歴史という意味で、きらめきがまばゆく、とても魅力的な本だと思いました。

本筋からはすこし離れますが個人的にはネイティブ・アメリカンの部族の第三のジェンダー<二つの魂>の逸話が興味深かった。以下に長く引用してみます☆

「「第三のジェンダー」として興味深いのはネイティブ・アメリカンの部族にあらわれる<ベルダ―シュ>である。この語は植民地時代の蔑称なので、今は、<二つの魂を持つもの>とか<マン・ウーマン><男女>と呼ばれる。かつて同性愛は、性的な意味でしか見られなかったが、精神的関係を評価するようになった今、<二つの魂>というのはなかなかいい名ではないかと思う。

<二つの魂>の多くは男であるが、女もいくらかいる。アメリカに渡った宣教師たちは、ネイティブ・アメリカンの部族の中に、女装して、女の仕事をしている男を見ておどろいた。女装の男たちは、部族の最高会議で助言者の役を務め、重大な決定は彼の意見を聞く。占い師、預言者、語り部、ヒーラー(治療師)でもある。

ズ―二ー族にウィ―ワという<二つの魂>がいた。彼はネイティブ・アメリカンの識者として白人にも認められ、ワシントンの上流社会に受け入れられ、<インディアン プリンセス>として人気があった。1886年、<二つの魂>としてはじめてアメリカ大統領と握手をした。ウィ―ワのおかげで、ズ―二ー族はアメリカ人と友好的な関係を持った。」(P30)

まだ世界がこんなに発達する以前、民族や部族の世界のころの、性的なものにたいする「おおらかな」、ひとつの特色をみるように思います。

☆「男」と「女」の分類は「近代」の思考-「好き」は「嫌い」で「嫌い」は「好き」-性をめぐる複雑さ
海野氏は本書の冒頭で現在のように性が「男」と「女」にわかれるようになったのは、欧米では、18世紀の生物学の発達以降であり、新しく、まだわからないことも多いと述べています。「男」と「女」はYES・NOではなく、その曖昧な領域もおおい。

さらにキーン氏のところで見たように、文化や社会における言葉としてのパラドクスもあります。このパラドクスこそ、「同性愛」をめぐる複雑な感情を要約しているようにさえ見えます。
以下に海野氏の言葉で引用してみましょう。

「(欧米で)男と女を対立させる考え方は近代のものらしい。それ以前は、人間は一元的に、男を中心として考えられてきた。男と女を対立させたことは、女性を差別したと見られているが、女性の存在を独立させたと考えることもできる。男は外で活動し、女は家で子どもを育てるという分担は差別的であるかもしれないが、ともかく女を分離した。女性はひとつのまとまりとして自分たちを見るようになり、社会的位置への不満を意識するようになった。わけられなければ意識も目覚めなかっただろう。女性のアイデンティティが問題になってくる。

一方、男も女を分離したがために、逆に男性のアイデンティティ、男らしさを意識するようになった。男は、女に対して<男らしさ>を見せねばという強迫観念にとりつかれるようになった。

エリザベート・バダンテール「XY-男とはなにか」(1997)によると<男らしさ>は二次的なもので、後からつくられる。なぜかといえば、男は女から生まれ、女に育てられるからである。男の子は生まれてしばらく、母親の女性的な愛に包まれていて、男になるためには、そこから脱出しなければならない。<男らしさ>というのは、母親という女性にたいする自衛手段である

「それは女性に対する恐れであり、優しいとか、受け身だとか、よく気がつくとか、どんな形でも女っぽいといわれることに対する恐れである。それにもちろん男性の欲望の対象になることも恐い。」

その結果<男らしさ>を強調し、男の友情を求めるが、同性愛を嫌悪するという矛盾した態度をとることになる。これはかなり複雑な関係で、男の同性愛の嫌悪の底にはしばしば女嫌いがひそんでいる。女っぽいやつを嫌悪し、男らしさを強調する。しかし、男らしさが好きなら、それこそ同性愛なのではないだろうか。

しばしば、同性愛を異常なほど憎む男こそ、同性愛であるということが起こる。たとえば、アーネスト・ヘミングウェイは<男らしさ>に固執したが、ひそかに同性愛にひかれていた。
」(P13)

以上長い引用でしたが、近代で性を社会的記号として、2つにわけてしまって、それを処理してしまうことが、性をめぐる(幼児や未成年もおそらくは似たところがあるでしょうけれども)複雑な感情をよびさましているかのようです。

近代以降、わたしたちはある種の「禁止」のなかを生きています。この「禁止」とそれが生む「抑圧」は時として個人にそれを「破りたい」(自由への憧憬)への魅惑にかわる。「同性愛」のみならず、芸能やアダルトビデオ、やくざや暴力を含めて、「禁止」は逆にそのものの価値を高めます。「禁止」とそれによって付加された価値を「破ること」(自由への憧憬)の永遠のパラドクスにわたしたちはひかれつづけているようでもありますよね。

☆渋沢龍彦著「幸福は永遠に女性だけのものだ」―「男」と「女」の違い
とはいえ、「男」と「女」という分類がまったく不全で機能しないかというとそんなこともないですよね。それは近代以降という社会システムに生きている以上、「男」という塊、「女」という塊で、役割を別にしてきただけに、そのあいだにさまざまな違いも形作られてきました。

たとえば、「男」と「女」はべつの生き物である―という意見はそういった違いを背景にしています。

渋沢氏は本著のなかで、さまざまな「性の差異」を探求しています。「同性愛」や「少年愛」「異性愛」、「サディズム」、「マゾヒズム」、などなど。さながら「性の百科全書」といったところかな。にもかかわらず、この本の基底音として流れているのは、レトロな昭和的「男」と「女」の風景のようにも見えます。

たわむれにすこし面白いところを引用してみます。「CLITORIS」の章ではクリトリスの歴史を描いています。でもこの描き方がやっぱり「昭和っぽい」んですよね。三島由紀夫もそうだけど、こういった昭和っぽさって、なんだかノスタルジックで可愛いなぁ~と、妙な古さと郷愁を誘います。(おうおうにして、三島や渋沢はなにやら「高い」ものとされていますが、じっさいのところ、触れてみて気がつくのは、そのいささかならぬ気負いとヒッチコックさながらの暗喩的「形式の古さ」じゃあないかなぁ~(笑)、「昭和のおじちゃま」っぽいですね。これと好対照なのが村上春樹です)

「ベットのなかで、親しい女性のデルタ地帯を指先で愛撫しながら、「ほら、ここに帽子をかぶった可愛い子ちゃんがいるよ。ちょっと帽子をぬがせてあげようか」
「いやよ。そんなにひっぱっちゃ・・・・・」
こんな会話を交わした経験が、私には何度かあったような気がする。相手はだれだったか、もうすっかり忘れてしまったが、一人や二人でないことだけは確かである。
「帽子をかぶった可愛い子ちゃん」は、その名をクリトリス嬢という。小さな宝石のような、ボタンのような、木苺の実のような、まったく可愛らしい女の子で、その名の通り、指先ふれるとクリクリ動くのだ。」(P71)

ここからギリシア神話へ話はとび、ギリシア神話の小人族の娘「クリトレイス嬢」と蟻の話へ移ります。神話では、クリトリスは「クリトレイス嬢」という小人のお嬢様だったらしい。そして、クリトリス感覚と蟻の蟻走感は近いものだったと述べられます。

この「クリトレイス嬢」はいつもは帽子をかぶているんだけど、「いつも」ってわけじゃない。情熱的になると、思い切ってぱっと帽子を脱ぎすてて、情熱をあらわにします。嬢の情熱的な態度(「クリトリス的態度」)は主に女性の快楽を疎んじるキリストやアラブ世界では軽蔑の対象だったらしい。そして初期精神分析においては、「幼児的快楽」としてさげすまれたようです。

現代からみると、多くの雑誌やアダルトビデオなどで、ゆがめられた男性中心主義から復権された「クリトリス的快楽」を謳歌している女性でいっぱいです(笑)っていうか、これって「クリトリス的時代」だよね☆

逆に言うと、現代とは女性が女性としてこれまで隠すものとされ、アラブ世界では切除さえされていた「クリトリス的快楽」を表現する時代なのだと思います。今までは女性は男性的な権力のもとで「快楽」をあらわしてはいけなかった。つまり、「慎ましくない」と思われていたからです。でも現代ではたくさん表現するようになった。

と同時に、そういった表現一般は女性の「快楽」はなぜ禁じられていたのか?、そして女性の「快楽表現が切り拓くミライのありかた」とはなにか―と考える試金石にもなっているように思います。

さて、たわむれはこれぐらいで話をもどしましょう。

渋沢氏は本著の「幸福は永遠に女だけのものだ」の章のなかで、「男性」と「女性」の違いをさまざまにあらわします。いわく女の幸福には「教養」はまったく関係ない。音楽家には女性はいない。女性は抽象思考ができない。男性原理と女性原理。たしかにそういわれてみれば、そうかもしれませんが、あまりミライ的じゃあないような気もするし、教養に偏りすぎているんじゃないかしらん(笑)。個人的には女性原理にだって、女性にしか気づかない世界があるし、それは別の世界を切り拓くようにも思いますが。

さいごに渋沢氏の男と女の差異を男性原理から解釈した一文を引用することで終わろうと思います。

「女の幸福とはいうが、男の幸福とはあまり言わない。男は本質的に恥ずかしがり屋なのである。「男の生きがい」とは言う。これなら男らしくて立派だ。生きがいとは、たぶんに効用的な考え方であって、少しぐらい苦しくても、自分の意志で無理して幸福だと信じ込む。

―(中略)―

つまり、男の幸福にはゾルレン(意志)の要素が強く、女の幸福はザイン(存在)そのものだというわけである。女に生まれたということが、女の幸福の第一歩なのである。

―(中略)―

女が男のまねをして、ゾルレンの生き方をしようとする場合がある。それもおおいに結構だが、そのためには花も嵐もふみこえて、女性的原理を捨て去る覚悟が必要であろう。女性的原理とは幸福そのものであるから、幸福を捨ててまでも、ある生き方なり観念なりに殉じようとする覚悟である。矛盾するようだが、ちっぽけな幸福を蹴散らしてまで、ある観念に殉じようとすることが、そもそも男性的原理としての幸福だということである。」(P164)

☆結論
ま、けっきょく、どうなのかはよくわかんねっすけど、いろいろあるんすねぇ、あははは(笑)
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暴力と芸術―ヒトラー、ダリ、カラヴァッジォの生涯

勅使河原 純 / フィルムアート社



「美術は野蛮にたいし、対極に立つ概念だという認識がある。美術は人を慰め、励まし、より高い精神状態へと向かうエネルギーを授けてくれる。一方野蛮は人を傷つけ、辱め、意気消沈させて自暴自棄へと向かわせる負のベクトルだというのだ。しかしこれは、少なくともここに挙げたわずか3つの例(ヒトラー、ダリ、カラヴァッジオ)をながめるだけでも、どうやらそう簡単には結論づけられそうもない空想に思えてくる。」
                          本書―あとがきより


☆ヒトラー・ダリ・カラヴァッジオの力の方向性

この本は現代社会が遠ざけて、見まいとしている暴力の力にスポットライトをあてた本です。

ヒトラー、ダリ、カラヴァッジオという3人の奇人たちの生涯を描くことによって、力がいかにして芸術と関連してゆくのか、あるいは残虐な暴力となって、インスピレーションを掻き立てるのかを描いています。

YOUTUBEの映像で押さえておきます。

☆アドルフ・ヒトラーさん

☆サルバドール・ダリさん

☆ミケランジェロ・カラヴァッジオさん

3人をあまりよく知らない人のために前説明しておきます。

まずはヒトラーさん(1889年~1945年)。

ヒトラーさんはアドルフ・ヒトラーといいます。手塚の漫画で「アドルフに告ぐ」というのがあったけれども、この漫画は彼をモチーフにしています。

ヴェルサイユ条約で法外な債務を負わされたドイツの復興のために機能性重視の独裁的な政治体制をつくり上げ、アレキサンダーやナポレオン同様の帝国主義的野望のもと、2次大戦の侵略とユダヤ人の組織的な虐殺を指揮した「悪名高き」政治家です。

つづいて、ダリさん(1904年~1989年)にいってみましょう。

ダリさんはサルバドール ダリといいます。サルバドールとはスペイン語で「救済」という意味ですが、彼の人柄を見ると、あんまり救済という感じではないですね(笑)

ダリさんはバルセロナも属するスペイン・カタルー二ア地方出身の20世紀を代表する芸術家のひとりです。超現実主義―シュールレアリズムという、常識にとらわれない、それまでの既成を顧みない実験的な芸術運動から出発し、そこにも属さないような独特で個性的な芸術作品を生み出しました。ダリさんは本当に奇人なのかどうかわからないですが、とてもユニークな変わった人であることは間違いないことは写真を見ればわかりますよね(笑)

余談ですが、以前住んでいたバルセロナで住んでいた場所の近くのギャラリーにはダリさんの絵がたくさん置いてありました。なにより驚いたのは、デッサンの巧みさです。ピカソよりもミロよりも、ダリのデッサンは巧みで魅惑的に見えたのをよく覚えています。

さいごは、カラヴァッジオさん(1571年~1610年)です。

彼はバロック絵画の巨匠といわれている大芸術家です。

年譜を見てもらえばわかるように、上の二人は時代的には重なる部分も多いですが、この人はぐっと時代がもどります。

彼の舞台は16世紀のイタリア(ミラノーローマーナポリーマルタ、シチリア島)です。

本書によれば、この当時のイタリア(特にローマ)は世界の中心的な都市のひとつでした。建築マニアの教皇シクストゥス5世のもとで聖堂建築ラッシュに沸き、世界各国から若い芸術家が集まり、コスモポリタンな空気でいっぱいであると同時に治安も乱れ、暴力が街にあふれかえってもいたそうです。

こういった時代背景もあってか、カラヴァッジオさんは気性が荒く、激情家、好んで争いごとを求める「無軌道」な性格、そのうえホモセクシャルな快楽主義者だったそうです。人付き合いは極端に悪く、自分から頭を下げることはけしてない。いつも言葉の端々にはちょっとした脅しの文句をはさみ、得にならない相手にはバカにしたような横柄な態度でのぞみ、護身用の愛剣をがちゃつかせながら、尊大な態度で人を威圧したそうです。

一言でいえば、残虐なことが好きで人を脅して喜ぶようなタイプの男で、嫌なヤツですね(笑)

ところが芸術という観点から見ると、彼のような男の描いた世界はちょっと他の画家にはない凄みがあふれています。おそらく実体験として、剣で首を切り落とした事があるんじゃないのかなぁと想像させるほどの、息を呑むような生々しさをつたえてきます。

☆読み終わって
読み終わって、3人がそれぞれ、それぞれの信念をもって、力の方向に向かっていった結果、暴力や芸術とよばれてしまったような印象を受けます。

人間に力を与えるものの多様さ、複雑さを思いました。

なんだかいつもいっていることのようですが、力はある意味では神話的なものであって、人間はあとから暴力や芸術として、言葉をわけて語っているにすぎないのでしょうか?

それでは、以下に3人それぞれの印象的だった点をメモ風にスケッチしてみたいと思います。

☆ヒトラーは芸術的には退屈だった?
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ダリさんやカラヴァッジオさんといった大芸術家にくらべて、興味深かったのは、ヒトラーさんをめぐる芸術的趣味の凡庸さです。画家をめざしながらも落ちこぼれた美術の落第生ヒトラーさんは凡庸で芸術的なセンスに欠けていたようです。奔放な芸術的イマジネーションの不在さが逆に美術にたいする押しつけがましい偏見を生みます。ある傾向の表現を「頽廃」と決めつけて、「頽廃芸術展」を催し、国内を巡回させました。ところが、当時であっても、それが案外な人気だったようです。

今、見返してみると、ぼく個人的には、ヒトラーが好んだ芸術よりも、ヒトラーが嫌った芸術のほうが芸術的には格段に面白い。なにか人間らしいさまざまな感情が秘められているからで、スターリン時代のマレーヴィッチでもそうでしょうけれども、やっぱりファシズムは芸術的にはたいした実りをもたらさないようです。押しつけられ、強制されたものは、それ本来の「味」を失ってしまう。

それでもヒトラーが脳なしというわけではないし、美学的なものを欠いていたかというとそうでもなさそうです。

たとえば、マリリンマンソンやヘビーメタル、パンクなどに影響をあたえたある種の厳格なスタイル、ファッショナブルとさえいってよいようなゲシュタポの制服、咆哮するような猛々しい演説やチャプリンが模して皮肉ったヒトラーさんのちょび髭スタイルなど自分のすがたを魅惑的に見せ、メッセージを伝え、人々を熱狂の渦に巻き込む「演出能力」にはたぐいまれのものがあるのではないでしょうか。

この本ではいささかヒトラーさんの芸術的センスは否定的に描かれていますが、政治を舞台のような、総合的な演出芸術へ高めたという意味で、ヒトラーさんは狂信的な演出の芸術家のようにも見えます。たしかにそれまでの芸術という枠組みのなかでは、ユニークな、偏った、イマジネーションを欠いたものでしょうが、すこし別の角度から見ると、そういったユニークさが別の意味での衝撃を与えます。

☆奇人ダリはいつも飛んでいた?
どうやらダリさんは飛ぶことが好きなようでした。といっても、気球や飛行機に乗ったりすることではありません。

「身投げ」です。実際に石段から身を投げたり、少年を橋の下に突き落としたりして、落下の瞬間を愉しむ性癖があったそうです。虚空に身を投げた瞬間の身軽さ、自由さにかえがたい体験を感じていた。常習的に、快楽を感じ、身を投げ続けるダリはほとんど「身投げマニア」です。出会った美少女を教会の屋上から突き落とそうという誘惑にかられることもあったそうです。

そういわれてみると、ダリの浮遊に対する空間の感覚はとてもユニークです。ほとんど騙し絵的な技巧にめくらまされてしまわなければ、ダリは無重力な、浮遊した物体を独自の感性と体験で切り取ってきたことに気づかされます。
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あるいはダリが終生固執(偏執?)した「夢」の世界はどうでしょう。夢の中では現実よりも空間を自由に移動したり、テレポートしたり、浮遊したり、飛行したりすることがあります。こういった感覚はダリさんの表現に重要な方向性を与えているように見えます。

☆暴力の鋭い感覚が画面にみなぎるカラヴァッジオ
この3人の中でもっとも暴力と芸術とが抜き差しならない関係で緊密にむすばれあっているのが、カラヴァッジオさんの絵画です。他の二人は芸術において(ヒトラーの絵はテクノクラート的凡庸さだし、ダリの絵はシュールな夢物語に暴力が中和されています)、カラヴァッジオほどには残虐な暴力の画面は直視されません。

カラヴァッジオの絵は生々しい声が画面から聞こえてきそうです。血の匂いや残虐の甘い香り、暴力の甘美な魅力がよくあらわされているように見えます。それから冷静でなにげのない手さばきで、さも家畜かなにかの首を切るような日常の冷静さがあって、よくいわれる光と影の劇的な演出にもかかわらず、登場人物は日常の中に凍りついたようなところが感じられます。そのあたりがこの作家のただならない資質を伝えてきます。
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カラヴァッジさんオは暴力と作品が結びついていた鬼才という呼び名がふさわしい芸術家です。それではカラヴァッジオにとって「暴力」とはいったいなんだったのでしょう?本書によれば、フェアな条件のもとでの戦闘でも、卑怯な闇討ちでもなく、むきだされた本性の炸裂的表明であり、極限の生の営みだそうです。そしてそこでこそ、人は美に関わる。聖者を平然となぶり殺し、その見返りを受け止められる(「美」という)力への信奉。それこそが平民的な日常の暮らしも、宗教的な精神生活も凌駕する「美」の肯定、芸術の高みだそうです。

たしかに、カラヴァッジオ芸術を見ていると、暗黙のうちに「美」や「生命」とは生と死をまたぐある冷ややかな強度の瞬間に凝結されており、その瞬間以外の生活は取るに足らない残滓のようなものだと繰り返し説得されているような気持ちにさせられてしまいます。

「暴力」とは、あまり気持ちのいいものではありませんが、たしかに生命や人生をべつの領域から解釈することを可能にするある独自の場なのかもしれません。
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遊びと人間 (講談社学術文庫)

ロジェ カイヨワ / 講談社



☆「はっきり結論をいえば、人間は人間であるからこそ遊び、また遊ぶからこそ完全な人間である」


―と、いうシラーの言やホイジンガの研究を参考にして、ロジェカイヨワ氏がこれまで否定的にとらえられてきた「遊び」というものを肯定的にとらえなおした一冊。

遊びに潜む文化的意義が生物・人類学的な角度から問い直されています。

もっともシラーに反して、この本書では、遊ぶのは人間だけじゃあなくって、動物や昆虫の世界にも遊びを見いだしており、著者の手塚・宮崎・ピンチョン=アニメ的?(笑)で、生物学的なまなざしの深さを感じます。たとえば、押尾学やウィリアムバロウズのような麻薬中毒者は人間のみならず、蟻の世界にもいるんですよね。フサヒゲサシガメと呼ばれるカメムシの一種は麻薬のような分泌物を出して、蟻を麻痺させますが、蟻はそれに中毒を起こすそうです。面白いですね。

☆カイヨワはホイジンガよりもOUT OF CONTROL?

カイヨワの本書はホイジンガの大著「ホモルーデンス」の遊びの価値を反転させた偉業をたたえながらも、批判しています。なにより批判しているのは、「偶然の遊び」(「アレア」と本書で呼ばれています。たとえば「賭け」や「ルーレット」、「パチンコ」や「宝くじ」など偶然のチャンスによってラッキーをゲットする遊び)や、あるいは「めまいの遊び」(「イリンクス」と本書では呼ばれています。これはたとえば、「ブランコ」、「くるくる回り」、「お酒」や「麻薬」によって「一瞬だけ知覚の安定を崩し、明晰な意識に心地よいパニックをおこそうとする遊び)をホイジンガが考えなかった点です。

カイヨワはホイジンガが「文明の全体をルールの発明と尊重、フェアな競争から結論」していることに疑問を呈しています。

「めまい」や「偶然」の遊びにみられるように、社会全体からすれば、社会秩序にたいして「遊び」は反社会的なところがある。それは時に「OUT OF CONTROL」になることをカイヨワは取り上げました。

☆ジョルジュバタイユ・カイヨワ・岡本太郎

1936年、「エロティシズム」の著者バタイユは社会学研究会(コレージュ・ド・ソシオロジー)を設立します。

これにカイヨワも芸術家岡本太郎と一緒に参加していたそうです。そしてこの会のもうひとつの顔は「秘密結社アセファル」で、数々の秘儀が繰り広げられていたそうです。

バタイユ・カイヨワ・岡本太郎。

日本・フランスの戦後文化史の礎をきずいた彼らが一堂に会し、秘儀を行っていたという話はミステリアスで興味ぶかいものです。

生物と人間をとりもつシュールな結束。彼らが秘儀を通じて見出した生命と意識とのあたらしい関係のあり方とはいったいなんだったのでしょうか?

岡本太郎の絵が物語るような呪術世界なのかしらん―

☆さいごに―

おわりにカイヨワ氏の言葉を引用してみます。

「わたしのさまざまな著作がしめしている関心の数には私自身でもいくらか不安になるほどです。強いてその共通点を探すならば、まず、本能とめまいの力に対する不断の興味であり、さらにくわえて、これらの力の性質を規定したい、その魔法をできるだけ分解したい、その範囲を正しく見極めたいという気持ちであり、最後にこれらの力に逆らって、これらの力を抑えて、知性と意思との優越を維持するという決意でしょう。なぜなら人間にとって自由と創造とのチャンスは、知性および意志からのみ生まれてくるからです。」
                         雑誌「プルーヴ」(preuves)1968年3月号より

☆PS

ちょうど折よく村上龍の「コインロッカーベイビーズ」と併読しちゃいました。なんだか「コインロッカー」の登場人物がカイヨワの遊びのオンパレードだったので、どちらも2倍面白かったかな(笑)

散漫になったり、名前を忘れたり、併読の弊害もあるかもしれませんが、「好い併読」というのもあるものです。

それから「遊んでいる人は若い。若さの秘密は遊び」だそうですよ。アンチエイジングって古くから遊び上手なことなんでしょうね。
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★えっと・・・さて、今回はいくつか、最近面白く見たビデオを紹介してみます。

すこし、むつかしくなるんですが、太枠(マクロレベル)での社会情勢に興味があって、時間のある方はおつきあいください。


★まずはお洒落に、見やすいものを―

ベルギーはアントワープのデザイナー、マルたン・マルジェラの「無記名」的で「顔のない」前衛的なコレクション。
う~ん デ・キリコチックでなかなかCOOL☆
「誰でもよい」し、わたしは「誰でもない」という個性の0度地点が表現されているようです。


margiela 2009


その二




★つづいて、哲学者ドゥルーズのインタビュー。
左翼であること、女であること、子供であること、動物であること、マイノリティであること―つまり、フラジャイルで弱いこと―の重要性がここで説かれています。実際、アメリカ、オバマ政権の従属下にあるわたしたちは、このドゥルーズの言う西洋、白人、市民―といった支配と秩序のパラダイム(それが意味する上でのパラダイム)とは、別の力学の中にあることを、すこしづつ知りつつあると思います。



古くて新しい、アンティークな未来哲学。


★少し古いんですが、ブッシュ政権下の「アメリカ帝国」批判。
ブッシュからオバマへと揺れ動く国家意識を確認してみましょう。
要するに、「仕切り屋」アングロサクソン民族の「仕切り癖」、「親分ぐせ」、「リーダー癖」のようなものを、アメリカはあのイラク戦争で復活させようとしたんでしょうね。アングロサクソンの相対的な地盤沈下に対する懐古主義というべきような力学が戦争の大本にあったことがわかると思います。そしてなにより、ここで入江氏によって、アメリカ市民には、かつてイギリス市民が費やしたような数十年、百年にわたる「帝国」支配体制確立の「覚悟」が出来ていないことが指摘されています。成熟しない国アメリカの若さがブッシュ政権で如実なかたちであらわれた。若い、青い、でも、だからいいのかは微妙なちょ~大国アメリカ☆



田中 宇氏ではないですが、楽ちんだからといって、対米従属はど~なのかしらん・・・楽して、贅沢すれば、あとでツケが回ってくるのは、世の摂理ですけれども、でも中国、アメリカ、ソ連のどちらかといえば、傲慢で強権的な超大国(?)に囲まれた小国として、どこに「ひっつくのか」というのはいつも問題な気も・・・。鎖国はできませんからね。絶対。とくに日本のような資源のない国は。

ジジェク氏のシュミラルクルと現実をめぐるラカン的考察。
(画面左側にあるPLAYをクリック☆)

なんだかプルーストの「失われた時を―」の考察や日本の「面影」、「影」の文化を彷彿とさせるようなことをいっています。VIDEO中で、ジジェク自身が指摘しているように、新しいといわれるものって案外古いもので、人間をめぐる言葉って言い方とか、パッケージとか変えても、それほど変わってはいないようです。個人的に、ジジェクには、なんとなくドストエフスキーをイメージしてしまうっていったらいいすぎでしょうか・・・(ルックス、ヒゲ?)ドストエフスキーもジジェクも「めまい」(ヒッチコック)がしてしまいそうに面白い、けれども何冊か読むと、ジジェクはちょっと「ワンパターン」かなぁ~。鮮やかなテクニックの空中ブランコをグルグル回っているような気も・・・☆

☆まとめ
ラストっ「ちゅ~」こって、まとめると、うえにAGEたようなVIDEOが面白く思われるのは、おそらく「書くということ」と「話すということ」の間にある共通のエクリ「チュー」ルの微妙な差をながめ、そこに落差を読むからでしょう。それにしても「顔」ってのはやっぱ効果大だなと、あらためて実感しました。

またいつかの次回は谷崎の「陰翳礼賛」でもやってみよっかなぁ~☆

それではみなさま、ごきげんよう。あでぃおっす―
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フラジャイル 弱さからの出発
松岡 正剛 / 筑摩書房




☆松岡正剛について
まずは著者、松岡正剛を紹介してみます。プロフィールの引用から。

1944年、京都生まれ。編集工学研究所所長。ISIS編集学校校長。科学から芸術におよぶ多様なジャンルに取り組み、その研究成果を著作、映像、マルチメディアとして発表している。独自の視点による情報文化論、日本文化論に定評がある。おもな著書に「空海の夢」、「知の編集工学」、「情報の歴史を読む」、「知の編集術」、「日本流」、「日本数奇」、「山水思想」、「遊学」、「花鳥風月の科学」、「ルナティクス」ほか多数。

なお、プロフィールには書かれていませんが、京都の呉服屋さんの出身のようで、世間の諸事に関心のある趣味人、遊び人(ほいじんが?)の「血」を―「知」を?-引いているそうです。

ウェブサイトはこちらへどうぞ☆

☆FRAGILE
それではこの本の書名、フラジャイル―FRAGILE―とはなんでしょうか?
語義の訳としては「脆さ」、「弱さ」、「壊れやさす」などが適当なところでしょうが、松岡はラテン時代初期の言葉「フランゴ―FRANGO」にその源泉を見ます。この「フランゴ」という言葉は、「破砕する」や「誓いを破る」や「弱める」といった意味をもっていたそうです。そこから派生して、断片性を意味する「フラクタス―FRACTUS」や「フラギリタス―FRAGILITAS-」、廃墟性を意味する「フラーグメントムーFRAGMENTUMー」が発生したらしい。そしてこのフラジャイルとはこういった言葉と語源をともにするものとして描かれています。

そう、つまり、それは弱くて、脆くて、あやうい。

「むろん、フラジリティは強くない。フラジリティは弱くて薄く、細くて柔らかい。フラジリティは脆弱の歴史というものの本来なのである。
それゆえ、フラジリティはたいていのばあいは強靭を否定し、つねに強制をいささか離れようとするのだが、そのフラジリティをつかまえて制圧するのは厄介である。やめたほうがいい。なぜなら、フラジリティは壊れやすいくせにやけに柔軟であり、破損を好むくせに消滅がないからだ。それはつねに部分性であろうとするからである。しかし、フラジリティがどんなに準備された制度からも自由であるということはない。むしろフラジリティはふりかざした制度の裏側にひそみ、強化のプログラムの隙間から放出されてくるものなのだ」(本書より)

☆弱さの未来性
そんなわけで、この本はFRAGILEなこと-「弱い」ということそのものに焦点があてられた本です。弱さにまつわる単語は拡大されて、こんな風に列挙されています。

「弱さ、弱弱しさ、薄弱、軟弱、弱小、些少感、瑣末感、細部感、虚弱、病弱、希薄、あいまい感、寂寥、寂漠、薄明、薄暮、はかなさ、さびしさ、わびしさ、華奢、繊細、文弱、温和、やさしさ、優美、みやび、あはれ、優柔不断、当惑、おそれ、憂慮、憂鬱、危惧、躊躇、煩悶、葛藤、矛盾、低迷、たよりなさ、おぼつかなさ、うつろいやすさ、移行感、遷移性、変異、不安定、不完全、断片性、部分性、異質性、異例性、奇形性、珍奇感、意外性、例外性、脆弱性、もろさ、きずつきやすさ、受傷性、挫折感、こわれやすさ、あやうさ、危険感、弱気、弱み、いじめやすさ、劣等感、敗北感、貧困、貧弱、劣悪、下等観、賤視観、差別観、汚穢観、弱者、疎外者、愚者、弱点、劣性、弱体、欠如、欠損、欠点、欠陥、不足、不具、毀損、損傷・・・・・・。」

こういったマイナスイメージの言葉を松岡は残らず擁護します。
さらには、けしてむくわれることのないひたむきさ、ゲイ、「ネオテニー」とよばれる幼形成熟、イタリアの「弱い思想」、量子力学と相対性理論によって導き出された「弱い場所」、全体にはいたらない断片、夕暮れの薄明の感覚、ヤクザや部落の人々、どさ回りの芸人、踊ること、振舞うこと、らい病―ハンセン病、侘び茶―などなどといっためくるめくような博学、広範囲におよぶ、いろいろな意味での「境界線の上にあるもの」もまとめて擁護されます。どうやら、松岡はそういったものの中にひとつの可能性を見ているようです。それは今ここで想定されるのではないもうひとつの未来であり、不確かで、小さく弱い可能性のようなものですが、けして、ないわけではありません。むしろ、わたしたちはこういった弱さに賭けなければならない時代に生きているようにさえ思います。小さく、不完全で、淡くて、もろく、傷つきやすくて、それこそ今にも消えてしまいそうな「フラジャイルなもの」―そのなかにこそ強さや傲慢さ、鈍感なものにはない可能性、「もうひとつの未来」―が眠っており、それが時を切り開いてゆくのではないでしょうか?

☆弱がりな若者たち
さて、ここではすこし話しを変えて、別の角度から「弱さ」というものを見てみましょう。「現代に生きる若者の弱がり」について―です。

世の常として、大人たちというのは勝手なもので、いつの世も「今どきの若者」といいます。もちろん、若者だって完全ではないですし、言われるには相応の理由もあるのでしょうけれども―けれども、人は時代を選んで生まれてくるわけにはいきませんので、時代というものを自分の中に微分して、自我を形成する。高度経済成長期の人々はたいがい「強がり」、「強いこと」―もちろん、ここには国際的な見栄や体裁もふくまれるでしょう、つまり国際的標準規格に適合すること、国を欧米並みにすること、ちいさな左傾化―を前提として自我というフィクションを組み立て、成長期がすっかり終わってしまった今を生きるわたしたちは「弱がり」、「弱いこと」―国際的な見栄を捨て、国際的標準規格からすこし外れてしまうこと、国の個性、ちいさな右傾化―を前提として自我というフィクションを組み立てているように見えます。たとえば、三島由紀夫はいろいろなんだかだ、そうはいっても、「強がり」で強いことをアイデンティティのなかに組み込んで、言葉を構造化し、小説にしたり、人生を組み立てていきました。このあいだの文芸春秋に麻生総理大臣が「強い日本を」という論文を出していましたが、まったく強がって、よくいうものです。実際のところ、現代に生きる小説家やひとびとたちって、心の中では、そうではないのではないだろうか?どちらかといえば、正反対なのではないだろうか?「弱がり」で弱いことを前提としているんじゃないか?そりゃあ、みんながみんな「弱がり」かといえば、そんなことはなくって、ついつい「強がる」人だってなかにはいるけれども、現代はそうやって「強がる」ことよりは「弱がる」人のほうが主流になった社会だといえないでしょうか。「弱がり」の連合を文化と呼ぶならば、それがこそ文化。なぜっていえば、文化というものは「弱さ」の告白めいた場所から始まるものだからだと思います。べつの言葉でいえば、「強がり」は社会の適合の言葉、社会に対する認知の言葉、「弱がり」は社会からこぼれ落ちてしまう言葉、社会に対する非認知の言葉だといえると思います。一般に流通している社会の言葉は、新聞を見ればわかるように、あくまで見栄や体裁、強さ、わたしという自我、数字といったフィクションを前提としていますが、でも―はたして、そればかりがわたしたちの心の中にある言葉なのだろうか。そういった社会の言葉ではなくて、そこからこぼれおちるような最小の言葉、もっとも弱くて脆くてとらえがたい言葉にこそ、共感や交流はあるのではないでしょうか。そんな意味でこの本はとても興味ぶかい現代の若者の心のあり方や精神生活のようなものに対する、深い示唆に富んでいるのだと思いました。

☆幼形成熟―ネオテニーーについて
「ネオテニーという言葉は胎児や幼児に特徴的な形質が成人になってもまだ残るというときにつかわれる。幼い形のまま成熟してしまうこと、それがごく一般的なネオテニーの意味である。それが種を超えて継承されることがある。」(本書より)

よく思っていたのですが、小説の魅力や漫画、映画の魅力のみならず、人間の魅力というものは、結局わたしたちが子供のころに思い描いていたあるモデルや憧れと深い関係をもっているものではないでしょうか?

だからわたしたちは大人になって、これが正しいとか、これが可笑しいとか、これが美しいとかって思うのだけれども、それらはすべて子供のころのモデルや憧れに根ざしているのではないだろうか。さらには、ある人に親近感を覚えたり、ある人を遠ざけたりする心の動きの奥底にはこういった「幼児性」のようなものがあって、この幼児性を支配するのが作家の仕事なのではないかなぁと思っていました。だから人間はその人の持っている子供―あるいは動物の部分を支配されるとどうにも弱いところがある。決定的に心を支配されてしまう。それはわたしたちの心の一部分が発達に取り残されたまま、子供の頃から置き去りにされて、成熟する意識の部分からひきはなされてゆくからだと思います。つまり人が大きくなって成熟するというのは、均等になされるわけではない。そうではなく、ある部分のみが発達し、ある部分はまったく子供のまま残されている。しかし、だからといって、わたしたちは自分の子供心を捨て去ることもそこから抜け出ることもけして出来ないはずです。なぜって、もしそれを捨てたり、抜け出たりしてしまえば、ある喪失感を伴い、精神生活に打撃を与えるものだからです。もしそこがなくなってしまったら、生きることはあまりに味気のない、つまらないものになってしまうのではないのでしょうか?松岡は本書の中でこういった洞察を「われわれは幼な心の完成に向かっている」という言葉で表しています。そして、このことを広い意味での生物学的で科学的な推論によって明らかにしようとしています。ここではいわゆる「ピーターパンシンドローム」―あるいは「オタク」といった閉塞的な子供たち―を批判するような「表面的な退化」という視点は退けられます。(それよりも「遅滞」、すなわち「あえて遅らせること」が生物の進化的成熟をもたらすものではないだろうか―と問います。)「利己的な遺伝子」で一躍有名になったリチャード・ドーキンスのDNA中心主義的な考え方、あるいはダーウィニズムの淘汰と進化のヴィジョンはRNAとウィルスにおきかえられています。DNAはウィルスが運ぶものではないだろうか―というのがこの論の中心です。ドーキンス流の遺伝子論が「ひとつの情報パック」による情報伝達の系の考え方だとし、ひとつの中心をもったシステムだとすれば、松岡の提唱するRNAとウィルスの考え方の系は「より多くの情報」によるより微分的で、非中心的なシステムだといえます。これは、つまり、ウィリアムバロウズが言ったように「遺伝」ではなくて、「感染」の経路を重んじることです。たしかに、わたしたちは言葉でも、ウィルスでも、「感染」しあうものなのではないでしょうか?以下本書を見てみましょう。

「ウィルスは種をこえて遺伝子をはこんでいる。ではそうなるとどういうことがおこるのか。たとえば、サルと類人猿のあいだでウィルスが感染したら、サルの遺伝子が類人猿にとりこまれる可能性が充分にある。類人猿どうしでも同じこと、さらには、やっと人になりかけた人猿が類人猿の遺伝子をつかうことになる可能性もある。
もしこうしたことがおきていたとしたら、われわれは進化のある時期に、サルの幼児を調整する遺伝システムを借りてきてしまったのかもしれない。そのうえで、人は脳の成熟をきわだたせるために、わざわざ成熟を遅らせたのかもしれないのだ。きっとネオテニー戦略とはこのことだ。」(本書より)

―以上からわかるように、わたしたちは新聞やNEWSにみられるような経済学的な視点のみから、進化や退化を語るべきではないのかもしれません。中心がひとつの時代ではなく、多くの中心がある時代、「遺伝」ではなく、「感染」の時代。そんな時代のなかで、幼形成熟の魅力はますます増すばかりなのだと思います。

☆おわりに―ドゥルーズと松岡
本書に対する興味は尽きづ、ゲイや渡世人とワンダーフォーゲル、かぶき者、ちんどん屋、一宿聖、遊女のこと、優生学にたいするかなり突っ込んだ批判など、ほんとはもう少し書きたいのだけれども、ここら辺でやめておきます。―つか、もうページがいっぱいいっぱい。最後に言っておくと、本書を読んで受けた印象は松岡正剛の考え方は、フランスのポストモダン哲学者ドゥルーズの考え方と近いということです。だからとても楽しく面白く、にやにや、げらげら読みました。やっぱり優れた知性ってあまり意識せづとも、背景としている時代の精神に近づくものなのかしらん―

う~ん ぜひネットだけではなくて、本を読んでもらいたいなぁ~と思いました。べつに正剛の回しモンってわけじゃないんですけれども。「弱さ」という「強さ」、「強さ」という「弱さ」-相互関連しているもんですよね。じっさい☆

ね―☆

☆それから―
それから、松岡正剛は「ろけんろ~」をよくわかっているといいたい☆
この本には69を感じました☆
とても―

われわれは「感じやすい問題」をとりもどす必要がある。それには「私」の襞を柔らかくして「私」の半径をせめて歩道橋よりも大きくする必要がある。そして、内なる誰かを外なる誰かと結び付けてみる必要がある。
もともと「感じやすい問題」などという問題は、なかなか思想にはなりにくい。きまって個人の感覚や個性の問題に帰着されてしまうからである。かつて実存主義がせっかく「気分」を問題にしていながらも、しきりに「現存在」に足をすくわれて、次の一歩を打開しきれなかったという例もある。けれども自己の境界部分をできるかぎり感じやすい状態にしておくということは、もっとわかりやすくいえば「泣き虫」にしておくということは、社会がかたちづくった勝者や強者の論理にくみしないということでもある。つねに自身の半径をヴァルネラブルな傷つきやすさにおいておくということだ。」(本書より)
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不思議の国の論理学 (ちくま学芸文庫)

ルイス・キャロル / / 筑摩書房



このライフログは正確にボクが読んだものではありません。
正しくはこちらです。
古本です。いわずもがな―
で、この表紙を描いた画家はルソーです。ウソーじゃありません。アソーなんていってもいけません。
ここで一言・・・う、う~ こっちのほうがオシャレなのにぃ~☆
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えっと、まず、この本、というよりはルイス・キャロルの人となりをしめす文章をひとつ抜き出してみます。
だいたいこんな感じの、ユーモラスな彼の「におひ」が全編をおおっています。すこし長くなりますけれども、一冊をよむよりはうんと凝縮されていますので、興味のある方はどうぞ☆
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「親愛なるマグダレン―きのう行かれなかったわけを説明します。

君にあえなくて残念だったけれど、途中でずいぶんたくさんの会話をしたのです。きみに会いにゆくことろだと街のひとたちに説明しようとしたのに、ぜんぜん聞いてくれません。みんな「急いでるんだ!」といって、そっけないのです。

ようやく、話をきいてくれそうな、「リヤカー」に出会いましたが、そのなかに何がはいっているのか、わかりません。はじめ、なにか顔つきみたいなものが見えて、そこで望遠鏡をつかってのぞいてみると、なんとそれは「顔だち」でした!それから顕微鏡でのぞいてみると、なんとそれは「顔」でした!どことなく「ぼく(I)」に似ているので、おおきな鏡をもってきて確かめてみると、すごくうれしいことにそれは「ボク(ME)」でした。「ぼく」と「ボク」が握手をかわして、おしゃべりをしはじめると、そこへ「ぼく自身(MYSELF)がやってきて、「ぼく」と「ボク」の仲間になって、それでボクとぼく自身は楽しいおしゃべりをしました。

「ぼく」がいいました。
「ぼくたちみんながサンダウンで会ったときのこと、覚えているかい?」
すると「ぼく自身」がいいました。
「あれは愉快だったなぁ、マグダレンという名の子がいったっけ」
すると「ボク」がいいました。
「あのときはちょっぴりあの子が好きだったな。すごくじゃないよ―ほんのちょっぴりだけね。」

それから「ボク自身」が汽車に乗る時刻になって、駅へ見送りにいったのが誰だと思います?
ぜったいわからないだろうから、教えてあげます。ぼくの大の仲良しの二人です。
ちょうどいまここにいて、親愛なる友として署名させてくれないかといっているのです。ルイス・キャロル、C・L・ドジソン」

さて、そんな、お茶ぁ~目んぐな、ルイス・キャロル(1832-1898)ですが、日本では「不思議な国のアリス」や「鏡の国のアリス」といった子供向けの著作で有名です。本業はオクスフォードのクライスト・チャーチ・カレッジの数学の先生だったそうで、この本にはそういった数学的な問いや面白い問題がいくつもでてきます。幾何学で有名なユークリッドへの対抗者の論文もちょっとだけですけれども、登場します。キャロルの共犯者というべき、「ドジソン先生(キャロルの本名?それにしてもドジソンって素敵☆)」もでてきますし、そればかりではなく、不思議の国からの「なぞなぞ」もでてきます。

まぁ ここまで読まれればだいたいお分かりになるかとは思いますが、どうもこの本の調子は、おもわずふき出して、それから笑い転げてしまうほどにおかしい☆
もっとも、おかしいはおかしいのですけれども、ルイス・キャロルの一連の著作は「おかしさ」のみに終わるものではなく、これらの中にはコンピューター的なグラフィカルな感性、あるいはシュールレアリズムに通じる不条理な条理、あるいはドゥルーズや現代科学に通じるフラクタルやゆらぎの感性、数学と言語学、数学と文学の融合、無機的な法則と有機的なユーモアの混在、それからなにより-アニメーションに通じる軽さやふしぎさ、少女の感性があるように感じました。(「不思議な国のアリス」のロシア語訳があの「ロリータ」のウラジミール・ナボコフだったことは潜在的な感性の共通項をしめしています。そして―「アリス」、「ロリータ」こそ現代日本アニメカルチャーの感性のもととなっているのではないでしょうか?)
ですから、ルイス・キャロルは19世紀人でありながらも、21世紀のわたしたちの現代社会の感性を先取りしていたように思われてなりません。
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それでは「不思議の国からのなぞなぞ」をやってみましょう。
これにはすこし複雑な仕掛けがあるんですけれども、英文を参照した方がわかりやすいと思いますので、英文でいくつか抜き出し、そのあとに日本語訳をつけてみます。それほど真剣にならずに、頭の体操だと思って、やってみてください。

★PUZZLES FROM WONDERLAND

1.
A stick I found that weighed two pound:
I sawed it up one day
In pieces eight of equal weight!
How much did each piece weigh?
Everybody says `a quarter of a pound,`which is wrong.

(棒切れの目方は2ポンド ある日それをノコギリで等しい重さに8つに切りました。
それぞれの目方はいくつでしょう?1/4ポンドではありません。)

2.
John gave his brother James a box:
About it there were many locks.

James woke and said it gave him pain;
So gave it back to John again.

The box was not with lids supplied,
Yet caused two lids to open wide:

And all these locks had never a key-
What kind of box,then,could it be?(☆=注釈)

(☆=注釈 give a boxには「箱を与える」という意味と「一発なぐる」という意味があります。おなじようにlidは「箱の蓋」と「まぶた」、lock「箱の鍵」と「髪の毛」。これらをかけあわせて考えてみましょう☆)

(弟のジョンが兄のジェイムズにあるものをプレゼントしました。
それには鍵が逆についています。ジェイムズは目を覚まして「痛い!」といってそれをジョンに返しました。そのプレゼントには蓋なんてないのに、蓋がふたつ開いていました。そればかりか鍵が逆のままです。さてそのプレゼントはいったいなんでしょう?)


★SOLUTIONS TO PUZZLES
FROM WONDERLAND


★答え

1.
In Shylock`s bargain for the flesh was found
No mention of the blood that flowed around:
So when the stick was sawed in piece eight,
The sawdust lost diminished from weight.

(・・・(前略)・・・こんなふうに棒をノコギリで8つに切れば、オガクズぶんだけ目方が減ります。つまり1/4ポンドよりもすこし少ない目方が正解でしょう。)

2.
As curly-wigg`d Jemmy was sleeping in bed,
His brother John gave him a blow on the head:
James opened his eyelids,and spying his brother,
Doubled his fist,and gave him another.
This kind of a box then is not so rare;
The lids are the eyelids,the locks are the hair,
And as every schoolboy can tell to his cost,
The key to the tangles is constantly lost.

(答えはげんこつ。ベッドで寝ているジェイムズの頭を弟ジョンが一発ごつん!
ジェイムズふたつのまぶたをひらいて、げんこつでお返し一発!

これはよくあるプレゼント。
蓋はまぶた、鍵が逆になったら、逆ぎれ。子供の頃ならだれもが経験することです。もつれごとにはしょっちゅう逆ぎれです。)

まだまだいろいろ問いはつきませんが、こんなところでやめておきましょう。
軽やかで、愉快で、難解で、クレージーな、まぁ モーツアルトの「狂騒曲」のような(笑)一冊です☆

Ha,ha,ha☆
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菊と刀―日本文化の型

ルース ベネディクト Ruth Benedict 長谷川 松治 / 講談社


                          


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 まず―
 この本に書かれていることに対して、いくつかの批判を含みながらも、わたしは「賛成」である。
 そして常套句にならっていえば、「古典はいつも新しい」という感想を抱いた。

 たしかにそもそもの本自体にある目的―つまり日本降伏時、「どのように占領統治をするか」という占領統治法への提言的な目的―がために、巻末の評価と批評の中で、川島武宜が述べているように全体の構造として二元論的なスタティックに、静物的構造に準拠しすぎる嫌いはあると思う。実際の文化といったものはべネディクトが述べたものほど、スタティックな「型」に終止するものではなくて、もう少し様々な因子要素がせめぎあう戦いの舞台であって、「型」から抜け出ようとする運動力学と「型」を維持させようとする運動力学との「ぶつかり合いの場」なのではないだろうか。たとえば現代社会の状況を鑑みると、こういった一連の「型」、たとえば有名な文化規定である「罪の文化」と「恥の文化」といった二元論的な規定が絶えず脅かされ、攻撃にさらされ、解体されているように見える。現代社会は一連のべネティクトが述べた形態からの「逸脱」あるいは「逆説」によって、成立しているようにも見えるのである。
 が、にもかかわらずわたしたちのこの現代生活の根本的な位相における価値の心理的な基盤といったものを考えてみるならば、たしかに見失われがちではあるだろうし、一見意識構造から外れてしまうものの、べネティクトの鋭敏な観察眼と包括的な資料研究によってなされたであろうこの仕事にたいして、教唆させられるところが大きい。わたしはこの本によって、逆に日本を教えられた。日常生活の中で家庭や学校や友人との付き合いの中で、あまり意識することなく、教え込まれたり、刷り込まれていた価値観といったものをこうも明晰に提示させることへの素直な驚きのようなものがこの本にはあると思う。たとえばそれはこういった驚きである。

「私はすべての日本人が本書を読むことを希望する。おそらく他のどの民族にもまして、自分の伝統や物の考え方だけを盲目的に承認し、これを中心として物事を判断するようにしか教育されていないわれわれ日本人は、本書から反省への無限の刺激を受けるはずである。本書は元来、日本を征服し日本を占領統治するという戦争目的のために書かれたものではあるが、われわれにとっては無限の教訓の書である。本書において、事実を歪曲して自分の国に有利なことばかりを書くように強制し、また敵国を子供じみたしかたで罵倒することしかしなかった国と、戦時中かくも地味な科学的な敵国分析を着々とやっていた国とのちがいをも、人は見落としてはならないであろう。」川島 武宜 「評価と批評」からの引用―(P390)

 川島が述べているのは、やはり世界史レベルでの視点の不在な島国日本のインテリジェントの限界ということではないだろうか。川島のこの「解説と批判」にみえることは、アメリカの懐の深い超越的視座をもったインテリジェントに対する羨望と驚きであり、と同時に、そういった閉鎖的な循環構造の中で、恐ろしく視野をせばめ、向こう見ずで荒唐無稽ともいうべきインテリジェントしか持ち得なかった戦時中の日本への批判である。
 そう この本のべネティクトは確かに超越的な中立の視点がある。
 それは「知の中立性」に準拠している。そこが彼女の凄みだ。絶対的な知の中立性。どちらへもかたよらない視点。べネティクトはこの中立性から20世紀におけるハンディキャップを嘆いてみせる。

「20世紀のハンディキャップの一つは、日本をして日本人の国たらしめているもののみならず、アメリカをしてアメリカ人の、フランスをしてフランス人の、ロシアをしてロシア人の国たらしめているところのものについても、われわれが依然として最も漠とした、また最もかたよった観念を抱いているということである。この知識を欠いているために、世界の国々が互いに誤解し合っている。―(中略)―われわれは、(別の国の)彼らの習慣や価値がどんなものか、ということを発見する機会をもとうとしない。もしそうしたならば、ある行動方針は、それがわれわれの知っているものと違うからといって、かならずしも悪いとは限らない、ということが発見されるのであるが・・・」(P26)

 ここでべネディクトが提示している視点はとても素晴らしい。なぜなら20世紀の自国の価値感だけに根ざした視点ではなくて、より大きな、相互理解への視点がここにはあって、それは20世紀から21世紀へといまだに達成されることのない視点のように思われたから―
 現在、わたしたちは国際化社会のまっただなかにいるわけだが、このべネディクトの上記引用のような意味での国際化が本当に進んでいるのか、というのを真摯に考えてみるならば、間違いなくそうではないと思う。確かに表面的には色々な国のモノや情報が簡単に手に入って、なんとなく国際人な気分は蔓延しているんだけれども、それでは本当の意味での相互理解といったものが成立しているのかといえば些か疑わしい。わたしたちはやっぱりアメリカ人を知らないし、フランス人を知らないし、スペイン人をしらずに、わたしたちの価値感の中だけで、モノを考えたり、感じたりしてる。つまりまだ「20世紀のハンディキャップ」の中にいるのではないだろうか。
 だからこれからの、この21世紀はこういった範を踏まえて、わたしたち日本人はいまだに引き続く閉鎖的な価値の封建主義的循環構造の中にいるのではなくて、色々な国の人の考え方や感じ方、価値や習慣などを、偏狭な視野に捉われることなく見て感じる必要があると思うし、それが、異なった相互理解へと今一歩歩を進めることになるのだと思う。したがって、ベネディクトがここで提示した問いといったものは、実は未だに達成されていないものであると考えられる。
 それはいまもなお「これからの課題」なのである☆

 最後に階層制度に対してすこし考えてみたい。
 ベネディクトは第四章の「明治維新」の節で、天皇を頂点とする「ふさわしい位置」に準拠した領域の振り分けによる階層制度を封建主義的な制度から派生したものと定義した上で、日本の階層制度とその道徳規範は輸出へと、外部へと向かった時に大きな天譴を受け、他の国々は日本の大言壮語的主張を無礼千万な申し分として、それよりもなお悪いものとして憤慨したとしているが、これは現在の日中関係や諸外国との関係などを考えると、非常に複雑で根が深い問題のように思う。日本はやはりいまだにこういった階層的なものとしてしか、価値を位置づけられはしないし、これを肯定するにせよ、否定するにせよ、どちらにしてもそういった価値でしか物事を測れないところのシステムとなってしまっている。こういった階層制度的なものは価値を形作る諸刃の刃であって、それ以外の視座を窒息させてしまうところがあるのではないだろうか。刃が切れ味を増すほどに日本に対する非難も強まるようなそんな悪循環の構造の中に捉われてしまうことはあまり賢明とはわたしには思えないのだが、現在の靖国問題から外交問題に至る問題の根源はこの階層制度的なものと外部との軋轢にあるように思われた。逆にいえばこの階層制度に捉われる限り日本は外部に対して何らかの価値を敷衍することが出来ないである。つまり階層制度自体がひどく閉塞的で閉鎖的なものを内部に秘め、そしてその制度内部で自己意識を構成してしまう限りにおいて、日本人は常に外部との隔たりを含んだものとしての自己意識を構成をせざるを得ず、そこに20世紀から引き続く問題があり、日本人を矮小な形で規定してしまうように推測される。

 もっとも別段階層制度それ自体がすべて悪いとは思わないし、それが「安全」と「機能」を第一とした社会のインフラストラクチャーを形成していることは承知している。が、ここで問題としているのはむしろその意識的な側面であって、この内部にいる限りでは、べネティクトが至ったような知の中立的な領域に準拠することが困難であることはいうまでもない。

 以上から、こういうことが出来るだろう。
 すなわちこの本は
「日本人が絶対に到達できないだろう超越的視座から日本について描かれた知性の本」
 である―と。

 わたしたちの及ばない地点から描かれた中立的な「書物」。
 だから―
 わたしたちにとってこの本は古びることがなく、常に新しいものだ。

 常套句にならえば、「古典とはいつも新しいもの」なのである。

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知識人とは何か

エドワード・W. サイード Edward W. Said 大橋 洋一 / 平凡社




まず―本書の中核となるような部分の引用を3つ。

1、「まもるべき砦となる職務もなく、また、まもりを固めて防御すべき縄張りもない知識人には、つねに不安的で遊牧民的なところがある。それゆえ知識人には、虚飾と尊大な身振りよりも、自己に対する冷笑こそ似つかわしく、言葉を濁すことよりも、ずけずけものをいうことのほうが似つかわしい。しかしそうなると、このような表象行為をつづける知識人には、やむをえないことながら、政府高官とは、お近づきになれないし、彼らから国家的名誉を授かることもなくなる。これは孤独な、むくわれない生き様といえば、まさにそのとおりである。けれどもこれは、長いものには巻かれろ式に現状の悲惨を黙認することにくらべたら、いつもはるかにまともな生き方なのである。」(P24)

2、「わたしが使う意味でいう知識人とは、その根底において、けっして調停者でもなければコンセンサス形成者でもなく、批判的センスにすべてを賭ける人間であり、なかんずく権力の側にある者や伝統の側にあるものが語ったり、おこなったりしていることを検証もなしに無条件に追認することに対し、どこまでも批判を投げかける人間である。ただたんに受身のかたちで、駄々をこねるのではない積極的に批判を公的な場で口にするのである。」(P54)

3、「周辺性という状態は、無責任で軽佻浮薄なものとみられがちだが、しかし周辺性はまた、ふだんの生活や仕事において、たえず他人の顔色をうかがいながらことをすすめたり、和を乱さないとか心配したり同じ集団の仲間に迷惑をかけないような気を配る生き方から、あなた自身を解放してくれる。(・・・)知識人が、現実の亡命者と同じように、あくまでも周辺的存在でありつづけ飼い慣らされないでいるということは、とりなおさず知識人が君主よりも旅人の声に鋭敏に耳を傾けることであり、慣習的なものより一時的であやういものに敏感に反応することであり、上から権威付けられてあたえられた現状よりも、革新と実験のほうに心をひらくことなのだ。漂泊の知識人が反応するのは、因習的なもののロジックではなくて、果敢に試みること、変化を代表すること、動き続けること、けっして立ち止まらないことなのである。」(P110)

 「オリエンタリズム」で西洋の欺瞞を暴露したアラブ・パレスティナ人の思想家にして、コロンビア大学の英文学・比較文学教授の著書。個人的にはマイノリティ言説のひとつであり、パレスティナ人という周辺者的な存在が導き出した客体と差異をもったものとしてみえる西洋文化の注釈のようにも了解される。
 本題の題名は「Representation of the intellectual」であって、「何か」というよりは「表現」「表象」あるいはより大胆に「出現」と言う訳のようが、より適切だったように思う。つまりこの本でくりかえし問いていることとは「どのように知識人は出現(表象)したのか?」ということであり、それはどのような存在として、民衆から見られていたのかということを自らの体験と照らせ合わせるような豊富な文献的知識を駆使して検証・説明しようとするものだからだ。「何か?」と問うというところも確かにあるのだけれども、それよりは「出現」と訳した方が歴史学的な意味を持ち、教養から導き出された洞察としての本として読まれるのではないだろうか。
 彼の考える知識人とは権力や伝統に立つものではまったくない。それを補佐し補正するものでもなければ、それに汲みするものでもない。そうではなく、上記発言に見られるように、それらを客体として見つめ、解体し、批判する人間のことだ。
 このことは例えば章にふられた以下の題名を見てもあきらかだろう。

1、知識人の表象
2、国家と伝統から離れて
3、知的亡命―故郷喪失者と周辺的存在
4、専門家とアマチュア
5、権力に対して真実を語る
6、いつも失敗する神々

 サイードは知識人とはプロフェッショナルな専門家というわけではなくて、アマチュア的な存在だという。それはなぜか?それは知識人が「19世紀において知識人の表象は知識人の個性を強調する傾向にあり、知識人はツルゲーネフのバザーロフであれ、ジェイムスジョイスのスティーヴン・ディーダラスであれ、おおむね孤独で、どことなくお高くとまっていて、社会に同化せず、そのため体制的な意見とはそりがあわない反抗的人間」(P115)であり、「誰にも迎合することもなく、かたくななまでに独立を守り抜く人間」(P120)であったにもかかわらず、20世紀後半に登場した「行儀がよく、なかなか本心をあかさない教育専門家集団(プロフェッショリズム)」にとって変わられてしまった事に対する批判が故である。そしてそれは何故いけないのかといえば、「知識人が表象するのは、静止した聖画のごときものではなく、言語のなかで、また社会のなかで確固たる意志をもった明確な声としてたちあらわれる個々人の使命であり、エネルギーであり、堅固な力である。(・・・)したがって今日、西洋であれ、非西洋であれ、知識人のありようをとくに脅かすのはアカデミーでもなければ郊外住宅でもなければジャーナリズムや出版社のなりふりかまわぬ商業主義でもなく、むしろわたしが専門主義(プロフェッショナリズム)と呼ぶようなものなのだ。」(P123)からだ。
 つまりサイードがいいたいこととは、プロの中で静止し聖画のようにスタティックなってしまう知を尊重するのではなくて、社会のなかの、アマチュアの個々人のエネルギーに充ちた知を尊重すべきだということではないだろうか。そしてそういった姿勢が欠落した現代の知のあり方に対する批判が本書では繰り広げられている。

 また哲学者アドルノへの殆ど敬慕といってもいいほどの言及もあって、おそらく亡命者としての、宙吊りの、文化的間隙地帯での彼の心境の知的な言い換えといってもよいのだろうと思うし、同時に知と言うものが孕む中立性への厳しい希求がある。つまり融和し、溶け合い混じりあうことへの峻然とした分別。そして、そこに宿る個の輝きへの「憧憬」。そういった「憧れ」が読まれてしまうのは、これが自らを語るという本にしては、多くの知識人の名への批判、というよりは、より多くの自己投影が見られるからだ。そしてそういった意味では「モラトリウム」(当世風の言い方をすれば「知識人ヲタ」)な本だという印象も同時に受ける。これは一元的な構造統治の中で成長や成熟することのできない人の、あるいはできない時代の象徴的な本ではないだろうか。すなわち国家や歴史伝統といったものというものがこれまで約束してきたものの土台が崩れた時代の知識人の再解釈のように読まれてならない、のである。(その意味でこれはドゥルーズに近い、あの「横断者」であり、歴史を一元的なものとして把握しないことをすすめたドゥルーズと)したがって帰属する場所の混在という意味で、この本にこめられた問いというものはアクチュアルなものなのだろう―
 勿論サイードというのはインテリジェンスで、ある恵まれた境遇にある男だろうが、こういった問い自体は現代に普遍だと思う。そして現代日本では知識人が階級的構造というわけではなく、偏差値教育で区分された大衆であり、自らの問題を発見できた時、自らもまた知識人に転化するようにアイコンチェンジできるものなのだとしたら―この本はより読まれてもいいのかもしれない。つまりすぐ脇にあるものとしての知識人への序曲として・・・

「知識人とは亡命者にして周辺的存在であり、またアマチュアであり、さらに権力に対して真実を語ろうとする言葉の使い手である。」
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レヴィ=ストロース講義
クロード レヴィ=ストロース Claude L´evi‐Strauss 川田 順造 渡辺 公三 / 平凡社




「これまで地理的隔たり、言語、文化の壁によって分離されていきた人々が次第に融合しようとしている現在、人類が互いに分離した集団をなし、生物学的にも文化的にも独自の発展を示してきた世界が、数十万、あるいは百万、二百万年続いた世界が終わりを告げようとしているということです。」(P182)

平易で読みやすいが、含蓄があり、示唆に富む。人類学的構造から文化相対主義の視座を敷衍し、それによって人類の問題系を教える一冊。

以下簡単に著者の説明―(本書の著者説明より引用)

◆クロード レヴィ ストロース
ブリュッセル生まれ、フランスの文化人類学者。
パリ大学法学部卒業語、リセ(高等中学校)教員を経て、ブラジル、アメリカで民俗学を研究。
49年帰国し、パリの人類博物館、高等研究員、コレージュ・ド・フランスなどで教育と研究に従事、社会人類学研究所を創立、画期的労作「親族の基本構造」などで文化の厳密な構造分析方法たる構造主義の旗手となる。著書に「悲しき熱帯」「構造人類学」「野生の思考」「人種の歴史」「今日のトーテミスム」「神話的論理」などがあるほか「狂牛病の教訓」などの知的エッセーも発表している。
日本文化への造詣もふかく、1977年初来日。

◆個人的な文明観
個人的には西欧における文化相対主義というものは「あたりまえ」だと思う。
幾年か欧米に暮らしたが、欧米人はあまりに自己中心的であり、自国への文化的思考の構造化というものがあまりに強固すぎる。と同時にヨーロッパ人のある種の不器用さ―つまり、そういった構造化があまりにも長かったために起こるその構造のタガが外れたときに起こる不器用さ―は構造主義的思考によく現れているのではないだろうか。ドゥルーズにせよ、ボードリヤールにせよ、いずれにせよ、構造に対する泥束、そこから抜け出そうとし、新たな思考することを保とうとする姿勢などが逆説的にヨーロッパ人の不自由さと根源的がんじがらめさを思わせてしまう。一個人としては、どうしてああいった対構造的な、きわめて石造りの思考しか出来ないのだろうか、というある意味では実も蓋もない問いを抱いてしまうし、どうにも滑稽に見えてしまわなくもないのだが、これはおいておこう。
本書中でレヴィも述べているように、欧米人が得た豊かさは帝国主義、植民地からの強奪のシステムに準拠している。そしてそれに対する反省がこれまですくなかった。植民地と奴隷の帝国主義システムの構築モデル―歴史は偶然からできており、進化は博打のようなものであり、欧米型資本主義システムの構築といったものは、世界史的にいえば、あくまで偶然のおよぼした端数の幸運な合致にすぎないにもかかわらず、伝染病の付与、富の強奪と他民族の虐殺といった侵略行為は「勝てば官軍」的キリストの宗教ヘロインによってのみ、正当化されうるものなのか、否か。そして博物学が意味するところの収奪品の整理・分類から派生する甘い博物学的夢というものは、果たしてなんの疑問符もなしに、陶酔してもよいものか、否か。それはもう一度べつの因果律といったものに照らし合わせてみるべきなのではないか、といった漠然とした疑問―(蛇足だが、こういった観点からみれば、いわゆる低開発国におけるブランドのコピーの問題は正当化されうると思う。というのは、ブランドが意図していることはこういった博物学的見地からの「収奪のシステムの洗練供給システム構造化」であって、いずれにせよ、持つものとしての富とその富がさらなる富にかわるところの<生産する消費>なのだから。ということはここでは新たなる富の帝国主義システムが起動して、持たざるものをより一層持たざるものとして抑圧することになるという悪循環が起こりはしないだろうか。収奪したものが際限のない収奪を繰り返し、収奪されたものが際限のない収奪を繰り返されるという悪循環―こういった問題をどう考えたらいいのだろう・・・―そういった循環の中でこそ、低開発国は盗み取り返す権利があるのではないか?つまりコピーといった形で、帝国の、支配の論理から、「取り戻す」権利がないと、いったい誰がいえるというのだろう)おそらくレヴィが一連の著作を通じておこなった西欧社会への攻撃というのは、そういった別の因果律の提示そのものなのだ。

◆本書の解説
1986年に行われた東京での三回の講演と質疑応答からふくらまされたと思しき一冊。
文化人類学の学問的意義を説くレヴィは、文化人類学の伝道師のようにみえなくもない。
何より面白かったのは、地球という惑星同様に、文化人類学的研究自体が「「歴史学」「考古学」「文献学」が捨てて顧みない種々の「断片」、「残骸」」(P22)から生まれてきたこと、そしてその成立がまるでJUNK アーチストのように「好奇心旺盛な人々は、いわば屑でも拾うように、他の学問が蔑んで知の屑篭にほうり捨てた知の切れ端、問題の断片、眼を愉しませる細部を拾い集めようとした」(P22)ところで、松岡正剛あたりの言っていることってこういうことじゃん、などと思わされる。つまり屑が中心化するものとして、オルタナティブに転置されるという意味で精神分析の屑加減に似て、偉大。その意味でレヴィはフロイト的なのではないか。つまり屑の体系化が価値を帯び、新発見として取り上げられ、いわゆる人間認識を変える、というその意味で。所詮屑されど屑の文化人類学は所詮屑されど屑の惑星「地球」の新しい認識総体にピッタリなのかもしれない。
もっともその屑の体系化された視座から眺めやられる現代社会の問題系としての「口承ではなくなり、書類や記録でしかなくなった過去のまがいもの感」(P42)「自由な空間と正常な空気と汚染されていない水の欠乏」(P58)「感性がとらえるものと抽象的な思考とは分離し、溝が生じてしまった」(P59)などの憂いは壮大で巨視的。世界各国の多様な知的貢献はより大きな知的系への統合を思わせ、西洋近代の思考分節化だけによらない、まさに「地球」という壮大な宇宙を紡ぐものとしてのダイナミズムをうかがわせ、そういった壮大さへの慎ましい驚嘆と尊敬といったものがレヴィを貫く姿勢として素晴らしいと思わされた。

「異なった文化が、好むと好まざるとにかかわらず、それぞれのもてるものを提供し、結び合わせ、歴史という偉大なゲームのなかで歴史の進歩を可能にする長い鎖を形成するのでなければ、累積的歴史というものは生まれない」(P159)

「多様であることを受容したうえでの「世界文明」構築」というヴィジョンは、西洋近代が進歩の文明として自らを規定し、他の文明は、西洋文明をモデルにしなければならない、としたそれまでの価値体系への手痛い一撃だったと同時に、それまでの西洋文明がいかに自らの絶対性に準拠して住まわってきたことかという驕りへの反省をうかがわせるものだったことは想像にかたくない。と同時に本書内でも盛んに問われていることだが、こういった認識の一般化というものは西洋文明のテクノロジーの飛躍的進展による知覚の拡大によって齎されるというパラドクスを思うと、なにやら複雑な思いにとらわれてしまう。はたして、普遍的な知覚の新しい認識、拡大された世界意識とローカルで地域的な認識、偏狭な世界認識とは共存するのだろうか?

「進歩のためには人々は協力しなければなりませんが、協力を必要かつ豊かなものにしていた多様性は、協力が持続する過程で消失してゆきます。あらゆる進歩は「協力ゲーム」から生じますが、各プレーヤーのもつ資源の均質化もまた、遅かれ早かれ生じてきます。多様性こそ初期条件であるとしたら、ゲームが長引くほど、勝つチャンスは減少していくわけです。」(P183)

「現代の人類は「世界文明」へと向かっているように見えますが、この「世界文明」という考え方そのものが「文明」の理念に含まれ、また求められるもの、すなわち、可能なかぎり大きな多様性を示す諸文化の共存―と矛盾しないでしょうか」(P183)

本書内ではこの問いは憂慮されているものに止まっているが、おそらくは西洋近代の文法は未開社会を変質させ、押し流し、混在させるものだろう。だけれども―それでいいのではないだろうか。所詮「人類の進歩は一歩一歩階段を登るというよりは、運を託してテーブルの上にサイコロを投げる博打うち」(P170)であり、「歴史の累積は偶然の作用にすぎないのです。言い換えれば、偶然に目がそろって、有利な組み合わせができあがるのです」(P170)だとしたら、そういった混在は過渡的なものとして、そして原型が止まらぬのだとしても、どこかでその因子を残し、新しい適応の系を作り出せれば・・・と見るのは、多くのマイノリティ民族の現状とてらしあわせて些か楽天的すぎるだろうか。

最後に、日本の学者とのやや褒め合いすぎる質疑応答はもう少し大胆な踏み込みがあってもよいようには思われた。日本はレヴィが持ち上げ、西洋社会が特別視するほどのものではなく、ひとりひとりの人間としては西洋人同様に逡巡や迷いに苦しめられているものではないだろうか。見方が「社会機械」の起動状況によりすぎていて、客観的すぎるきらいはある。それから日本は批判がないところがいいというレヴィはちょっと日本を馬鹿にしていないか。批判がないっていうのは、馬鹿だろ。

大いなる地球規模での憂いと警鐘の書だと思いました。
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いまだ妖怪は徘徊している!

スラヴォイ ジジェク Slavoj Zizek 長原 豊 / 情況出版


以下本の帯びより―
「マルクスが(を)リサイクル!?加速度的に表象化するグローバリゼーションと社会深部における「人間」の最終的破壊のなかで、私たちはいま、どのように政治化できるか?先鋭的思索者ジジェクはマルクスがリサイクルすることを知らせ、マルクスをリサイクルする道を提示する」

思想家ジジェクによるマルクスの「共産主義宣言」の解説だが、それもさることながら、読みやすい分量とPOPな表紙から入門書、親しむための第一歩としてもお勧めできる。ジジェクとはどのような語り口か?ナニを問題とし、ナニについて思考し、ナニにこだわり、ナニに批判的なのかといったもののおよその概観はこの本で掴めるだろう。
ジジェクについて強く感じるのは、資本主義圏では「ない」ところからの視座であって、鬚もじゃの風貌もあいまって、ハクスレーの「素晴らしき新世界」における原始人を思わせてしまう。これはどうでもいいことだが、この「鬚もじゃ」はまさに文豪、思想家のそれである。個人的には文豪、思想家というものは断じて「鬚もじゃ」でなければならず、その意味でブンガクのメルトダウンは文学者の「鬚もじゃ」率の低下に端を発しているように思われてならない。ドストエフスキーや志賀直哉のあの立派な鬚をみよ。そして―ジジェクの「鬚もじゃ」はそれに匹敵するようなレベルを依然として保っており、あの鬚の繁殖の剛毅さだけで、ある種の言葉ならぬ感慨、感覚的信頼感といったものを約束してしまう―
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さて本題―
ジジェクはイタリアの脇、スロヴェニア(☆)という小国の生まれ。旧東欧諸国の没落を目の当たりにし、まさしく資本主義に喰われて市場化されてゆく社会を体験した旧共産主義の東欧諸国の人間の言葉を思わせる苛烈さがある。彼はいう。

私たちはグローバル資本主義的世界新秩序のそのもっとも根底的な変容において生き抜くことを強いられ、またその被害者なのだ。統合ヨーロッパというイデオロギー的夢想は、二つの構成要素の(不可能な)均衡を成し遂げることを目論んでいる。それはグローバル市場への完全なる統合と固有なナショナルでエスニックな民族的アイデンティの保持という二つの構成要素の均衡である。私たちがポスト共産主義の東欧という枠組みにおいて獲得しつつあることは、この夢想のある種の否定的で脱ユートピア的な実現である。つまりそれは、二つの世界の最悪部分の統合であり、イデオロギー的なファンダメンタリズムと綯い交ぜとなって暴走する市場なのだ。」(P78)

「東欧諸国で本当に存在した社会主義から本当に存在する資本主義への道筋は、民主主義的熱狂という至高から馬鹿げたことへの喜劇的な一連の反転を惹き起こした。プロテスタント教会へ集結し、秘密警察のテロを英雄的に打ち破った誇り高き東ドイツの民衆はバナナと安いポルノのおちぶれた消費者に突然かわってしまった。ハヴェルや他の文化的なアイコンたちのアピールによって動員された教養高きチェコの人々は、西欧からの旅行者を騙すちっぽけなペテン師に突然成り下がってしまった。」(P78)

ジジェク自身がいっているように、「グローバル市場への完全なる統合と固有なナショナルでエスニックな民族的アイデンティの保持という二つの構成要素の均衡」といったものが、彼の発言を裏付ける背景として読まれる。そして試みに「グローバル市場」を「ポップ大衆文化」、エスニックな民族アイデンティティを「伝統文化」と置き換えてみると、よりジジェクの立脚点が鮮明になると思う。つまり彼はその二者間の軋轢の最も激しい部分で思考する「彷徨える東欧人」なのである。だからそこに折り重ねられるヨーロッパの歴史構造への並々ならぬ執着、そしてその歴史構造が厳しい攻撃に曝されている時代の東欧人の葛藤のような思考が本書の揺るがぬ魅力となっている。(したがって、帯にある「人間」の最終破壊というものは東欧における「伝統文化」的な「人間」の概念が急速な産業機械化とグローバル市場の「ポップ大衆文化」によって、変質を余儀なくされているとみるべきではないか?これは日本人の概念上にある「人間」の概念と厳密に同じものではないように思われてならない)こういった葛藤の軋轢は日本という立脚点から往々にして看過されがちなもの、近すぎて見えないものであって、こういった視点の異化作用と批判の苛烈さは時に滑稽とおもわれるところもあるが、その熱量にうたれてしまう。

ところで本書の題にもなっている「妖怪」とはなんだろうか?
これはマルクスの共産主義宣言の冒頭の発言(「一つの妖怪がヨーロッパをさまよっている―協賛主義の妖怪が」)の引用であり、と同時にジジェクの言葉で以下のように説明されている。

「人間と環境へ関心をまったく払うことなく突き進む資本。こうした自己をみずから産出する怪物のこの妖怪性は、しかし、イデオロギー的抽象にすぎない」

資本主義はたしかにジジェクのような、旧東欧諸国に「妖怪」のように立ち現れたのである。冒頭に述べられた「システミックで匿名的な「暴力」」(P8)を潜在させて―それはいままでの価値を根本から覆すものとして(「資本主義が社会生活を根底的に世俗化し、本来あるべき尊厳、気高さ、名誉などのアウラをことごとく無慈悲にひき裂いてしまっているのだ」(P6))まさしく妖怪として現れたと思しい。したがって、たとえばビルゲイツやたまごっちに対する苛烈な罵倒はそういった文脈から理解されるべきだと思う。

それから「タマゴッチ」批判において、極めてキリスト教的な立場から批判を加え、タマゴッチをサタンの化身としているのだが、のちの潜在的なヨーロッパ中心主義者の批判においてヨーロッパは他文化を理解することがむずかしいと批判するというのは、どう考えても矛盾しているように思う。これはヨーロッパ人同士では見えないのだろうが、いずれにせよ極めてヨーロッパ圏の内部言語に凝り固まったところがあるようにおもう。

にもかかわらず、ジジェクはこの「社会的想像力の著しい崩壊」(P68)し、「人々の想像力が切迫する「自然の崩壊」や地球上のあらゆる生命の終焉という見通しに悩まされているにもかかわらず、もはや誰も真剣に資本主義にたいするありうべきオルタナティブについては考えない」(P69)、そして「生産様式のより穏健な変更に較べれば、「世界の終わり」のようがはるかに想像しやすい」時代に優れた洞察力と鋭い批判眼で状況を見定められ、B級映画好きでひょっこりしている人のように読まれた。

けっこう「すてき☆」・・・かも・・・鬚もじゃ・・・


(☆)スロヴェニアの歴史―6世紀ごろに南スラブ系のスロベニア人が定着。774年カール大帝によってこの地域を支配していたランゴバルト王国が打ち滅ぼされるとフランク王国の支配下に入った。この地域はその後もフランクの遺領として扱われ、後に東フランク王国、すなわち後の神聖ローマ帝国に編入された。現在のチェコと並んで神聖ローマ帝国領とされた事は他のスラヴ人地域と異なった歴史的性格をスロベニアにもたらすことになる。他の南スラヴ人と比較してもスロベニア人は勤勉で、ドイツ人気質に近いという評価を受けることは多い。また、現在でもドイツ語とのバイリンガルは多い。15世紀にはハプスブルグ家領となり、以降オーストリア大公領、1867年にオーストリア・ハンガリー帝国が成立するとオーストリア帝国領となった。その後1918年に第一次世界大戦が終了しオーストリア・ハンガリー帝国が解体されると、セルビア王国の主張する「南スラヴ人連合王国構想」に参加。セルビア・クロアチア・スロベニア王国の成立に加わった。この際スロベニアの一部地域ではオーストリアとの経済的、文化的な結びつきが強かったため、住民投票が行われ、オーストリアに帰属するか、スロベニア(セルビア・クロアチア・スロベニア王国)に帰属するかを住民投票で決めた地域が存在する。この王国は、1929年にユーゴスラビア王国に改称した。1941年にユーゴスラビアに枢軸国が侵入すると、スロベニアはナチス・ドイツの占領下におかれた。このことからもスロベニアが広義的にドイツの一部として扱われていた歴史を窺い知る事ができる。西に接するイタリアはスロベニア沿岸地方を自国の領土と考えていたため、ムッソリーニ指揮下のイタリア軍が首都リュブリャナを占領している。1945年、ユーゴスラビアに復帰。1980年代になるとユーゴスラビア内の経済格差が拡大。中でも地理的に西ヨーロッパに近く、ユーゴスラビア内での経済的な先進地域であったスロベニアでは、工業を中心とした「経済主権」を主張してユーゴスラビアからの分離独立を目指す動きが次第に強くなっていった。1991年6月にユーゴスラビアとの連邦解消とスロベニアの独立を宣言。短期的、小規模な十日間戦争の後に正式に独立。1992年5月、連邦構成国だった隣国クロアチア、同じく連邦内にあったボスニア・ヘルツェゴビナと同時に国際連合に加盟した。その後はヨーロッパ回帰の動きを強め、2004年3月にはNATOに、同年5月1日に欧州連合(EU)に加盟した。(wikipediaより引用)
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