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廃棄物都市東京

 東京の都市は、日々新たに自分をつくりかえております。

 朝ごとに人々は清々しいシーツの中でめざめ、毎日補充される液体石鹸の泡で体をあらい、輝くような新しい部屋着をき、パーフェクトな冷蔵庫からまだ開封されていないプラスチックの袋を取り出し、最新型携帯端末を通じて最新のおしゃべりに興じます。
 歩道の上には、清潔なポリ袋に包まれて、前日の東京の残り滓が清掃の車を待っております。ひしゃげた歯磨きのチューブや切れた電球、古新聞、空きケース、梱包材料ばかりではございません。湯沸かし器や百科事典やピアノや茶器セットまでございます。毎日毎日つくられ売られ買われる品物よりも、東京の繁栄は、むしろ毎日捨てては新しいものと取り替えられる品物の量によって測られるのでございます。そのさまはまことに、東京の真の情熱はほんとうに人々のいうように新しいさまざまの品物を愉しむことにあるのか、それともむしろくり返しあらわれる不純を追放し、遠ざけ、浄化しようという点にあるのではないかと疑われるほどでございます。たしかなことは清掃人夫は天使のように歓迎されているということでございまして、昨日の生活の残りを運び去るという彼らの務めはあたかも敬虔の念を掻き立てる儀式のように、無言の敬意に取り囲まれておりますが、あるいはそれもただ、一たんごみを捨ててしまえば、そのあとはもうだれ一人そんなことを思い出したくもないというだけのせいかもしれません。
 年ごとに都市は広がってゆき、清掃人夫たちはさらに遠くへ退いてゆかねばなりません。膨大な量の廃棄物はますます増えて、その山はますます拡がってゆく外円にそってそびえたち、層をなし、ならされてゆくのでございます。その上、東京の技術が新しい資材製造に優秀さを加えれば、加えるほど、ごみの山はその内容がますます改善されて、時間にも、天候にも、発酵や燃焼にもますます耐えられるものになってゆくのでございます。それはまさに東京の都市を取り囲む、破壊不能の残骸物の要塞であり、高原さながらに四方から都市を見下ろしているのでございます。
 その結果はといえば、すなわち、東京は品物を追放すればするほど、それをますます集積するのだということでございます。過去の鱗が脱ぎ捨てることのできない鎧となって凝り固まってゆくのでございます。日ごとに生まれ変わりながら、この都市は唯一の決定的な形によって自己のすべてを永久保存させるというわけでございます。すなわち前日のごみも、前々日のごみ、日ごと年ごと代々のごみのなかに積み重ねられて得られる形でございます。
 東京の塵芥は次第次第に全世界をおおってゆくということでもございましょうか、そのはてしないごみ山の遥かな稜線の彼方で、もしも他の国々のごみ山が押し返してくるということがなかったとしましたならば。というのは、それらの国々でもやはりうずたかい廃品の山を遠くへと押しやっているからでございます。おそらくは、東京の水平線の彼方では、世界全体が塵芥の火口丘で覆われているのでございます。絶えず噴出を続ける首都をそれぞれ中央に隠しながら。敵同士の都市の国境は互いのごみがかわるがわるに支えあい、重なり合い、混じりあう、非衛生きわまりない保塁となっている有様でございます。
 その高さが高くなればなるほど、崩壊の危険がますます迫ってまいります。ただの空き缶一つ、古タイヤひとつ、ワインの瓶一本でも、東京のほうに転がりだしただけで、片方の靴、過ぎ去った年のカレンダー、干からびた花どもが雪崩れをうって襲いかかり都市をおのが過去のなかに埋め尽くしてしまうのです。虚しく遠くへ押しのけようと努力していましたのに、今度は水平線の向こうの隣国の過去までも混ぜ込んで。おかげで隣国は、そのときこそ、ようやく清潔になれることでございましょう。ただ一度の大地震がつねに新たな装いを誇り続ける都を跡かたすらないように葬り去ってしまうことでございましょう。はやくも近隣諸都市ではローラーを動員してまちかまえております。海を埋め、地面をならし、新しい領地に進出し、いっそうの巨大化をとげ、新たなごみ捨て場をさらに遠くへもってゆこうと―
(小説「見えない都市」イタロ カルヴィーノのパロディ・再解釈)
by tomozumi0032 | 2006-06-18 01:09 | その他
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